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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)75号 判決

広島市安佐南区祗園町西山本105-15

原告

佐々木久

同訴訟代理人弁護士

大本和則

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

清川佑二

同指定代理人

宮坂初男

橋岡時生

今野朗

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第13832号事件について平成6年2月9日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成元年3月8日、名称を「点字ブロックによる視覚障害者誘導装置」とする考案につき実用新案登録出願(平成1年実用新案登録願第26421号)をしたが、平成3年5月13日拒絶査定を受けたので、同年7月8日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成3年審判第13832号事件として審理した結果、平成6年2月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年3月14日原告に送達された。

2  本願請求項1、2に記載された考案の要旨

(1)  点字ブロック(1)の中に埋め込んだ、リードスイッチ(2)によって、ブロックの表面上に生じる磁気を検出し作動するようにしたもの。(以下「本考案1」という。)

(2)  請求項1に記載のリードスイッチ(2)を作動させるため、履物(3)の裏または杖(4)の先に磁石(5)を埋め込んだもの。(以下「本考案2」という。)

3  審決の理由の要点

(1)  本考案1、2の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  特開昭60-96248号公報(昭和60年5月29日出願公開。以下「引用例」という。)第1頁右下欄5行ないし11行に従来技術として、磁気材料を標識体として道路に沿って予め敷設しておき、この標識体を磁気的に検知するセンサおよびその動作に必要な回路(以下「磁気センサ」という。)を組み込んだ補助手段(例えば杖や靴や手押し車等)を用いて標識体の検知結果を知り、標識体に沿って視覚障害者を誘導するシステムが記載されている。

(3)  そこで、本考案1と引用例に記載されたものとを対比すると、本考案1におけるリードスイッチは、明細書の詳細な説明の記載よりみて、磁気を検知して音声装置などを作動させるものであり、後述するように引用例における磁気センサの一種であり、また、本考案1は該リードスイッチを用いた視覚障害者のための誘導装置を目的とするものであることは明らかであることから、両者は、磁気材料とこれに対して反応する磁気センサを利用した視覚障害者のための誘導装置という点で一致し、次の点で相違する。

〈1〉 本考案1では、リードスイッチを道路の点字ブロックの中に埋め込み、道路の表面上で生じる磁気(磁石から発生する磁気)をこのリードスイッチで検出し作動するようにしているのに対し、引用例に記載のものでは、磁気材料を道路に沿って敷設し、ここから発生する磁気を道路の表面側から磁気センサにより検知し作動するようにしている点(以下「相違点〈1〉」という。)

〈2〉 本考案1では、点字ブロックの中にリードスイッチを埋め込んでいるのに対し、引用例に記載のものでは、磁気材料の敷設は「道路に沿って」と記載されているだけで点字ブロックについては記載されていない点(以下「相違点〈2〉」という。)

〈3〉 本考案1では、磁気センサとしてリードスイッチを用いているのに対し、引用例ではリードスイッチについては明記していない点(以下「相違点〈3〉」という。)

(4)  上記相違点について検討する。

〈1〉 相違点〈1〉について

磁気材料を道路に沿って敷設し、ここから発生する磁気を道路の表面側から磁気センサにより検知し作動するようにした視覚障害者のための誘導装置が、引用例に記載されているとおり本考案前公知の事項である以上、磁気材料とこれを検知する磁気センサの設置箇所を入れ替え、磁気センサを道路に沿って敷設(埋め込み)し、道路の表面側を移動する磁気材料からの磁気を検知し作動するようにして視覚障害者を誘導しようとすることは、当業者であればきわめて容易に想到し得ることと認める。

〈2〉 相違点〈2〉について

視覚障害者のために道路に沿って点字ブロックを敷設することは、引用例第1頁左下欄17行ないし20行にも記載されているとおり本出願前周知の事項であるから、磁気材料を道路側に敷設する際には点字ブロックの中に埋め込む方が視覚障害者にとって利用し易いであろうことは、当業者間には明らかなことである。

〈3〉 相違点〈3〉について

磁気センサとしてリードスイッチを用いることも本出願前周知の事項(必要ならば、「電子通信ハンドブック」株式会社オーム社発行 昭和58年8月20日 第414頁右欄参照)であると認められることから、磁気センサとしてリードスイッチを用いたことにも格別の創意工夫を認めることはできない。

〈4〉 本考案2においては、リードスイッチ(磁気センサ)を作動させるために履物の裏または杖の先に磁石(磁気材料)を埋め込んでいるが、前記したように引用例右下欄第1頁5行ないし11行に磁気センサを靴や杖に組み込むことが記載されており、相違点〈1〉でも記載したように磁気材料と磁気センサとの入れ替えが当業者であればきわめて容易になし得ると認められる以上、履物の裏または杖の先に磁気センサに代えて磁気材料を埋め込もうとすることも当業者であれば必要に応じて適宜想到し得ることと認める。

〈5〉 そして、本考案1、2により奏する効果も当業者が予測し得る範囲のものであって格別なものとは認められない。

(5)  したがって、本考案1、2は、引用例に記載されたものに基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるので、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)、(5)は争う。

審決は、本考案1と引用例記載のものとの各相違点についての判断を誤り、本考案2は適宜想到し得るものと誤って判断し、かつ、本考案1、2(以下、両考案を併せて「本考案」という。)の効果の顕著性を看過して、本考案の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  相違点〈1〉についての判断の誤り(取消事由1)

引用例記載の視覚障害者誘導システムは、誘導路である磁性体を磁気センサにより検知した信号を視覚障害者に音や振動として伝え、誘導路に沿って歩行させ、その延長上で、その場所に合致した具体的内容を表示するシステムである。これに対し、本考案1では、誘導路である視覚障害者誘導用ブロック(凹凸)を触知するため、それに沿って歩行させ、その延長上で、その場所に合致した具体的内容を表示するシステムであって、誘導路を検知する機能は必要ではなく、「磁気センサを道路に沿って敷設(埋め込み)」するものではない。誘導路を検知するためであれば、あらゆる箇所に磁気センサを設置しなければならないが、本考案1は誘導路を検知するものではないのである。

したがって、「磁気材料とこれを検知する磁気センサの設置箇所を入れ替え、磁気センサを道路に沿って敷設(埋め込み)し、道路の表面側を移動する磁気材料からの磁気を検知し作動するようにして視覚障害者を誘導しようとすることは当業者であればきわめて容易に想到し得ること」であるとした審決の判断は誤りである。

(2)  相違点〈2〉についての判断の誤り(取消事由2)

引用例記載のものは、平面状に磁性のある酸化鉄を使って道路に誘導路を作り、平面状での誘導路を検知する装置であるから、引用例記載のものにおいて、点字ブロックに磁気材料を埋め込むことは、視覚障害者にとって利用し易いことにはならない。

したがって、相違点〈2〉についての審決の判断は誤りである。

(3)  相違点〈3〉についての判断の誤り(取消事由3)

本考案1は、リードスイッチと点字ブロックとを組み合わせた点に重点があるのであって、「磁気センサとしてリードスイッチを用いたことにも格別の創意工夫を認めることはできない」とした審決の判断は誤りである。

(4)  本考案2は適宜想到し得ることとした判断の誤り(取消事由4)

前記(1)のとおり、本考案1は、そもそも誘導帯そのものを検知するための装置ではなく、磁気材料と磁気センサを入れ替えることに意味がない。

したがって、履物の裏または杖の先に磁気センサに代えて磁気材料を埋め込もうとすることは当業者であれば必要に応じて適宜想到し得ることであるとした審決の判断は誤りである。

(5)  効果の顕著性の看過(取消事由5)

本考案では、誘導路に視覚障害者誘導用ブロックを利用し、視覚障害者が使用する杖や履物に磁性標識体(永久磁石)を取り付け、具体的内容を音声等で誘導する箇所(視覚障害者誘導用ブロック)へ磁気センサ(リードスイッチ)を埋め込み、利用時のみ作動するようにしている。また、本考案は、磁性標識体は軽量小型にして、杖や履物への埋め込みを可能にし、杖や履物へは電池やバイブレーターの組込みを必要としないものとしている。

これらの効果は、視覚障害者誘導用ブロック(点字ブロック)と磁気センサ(リードスイッチ)との組合わせ、また、杖、履物と磁性標識体(永久磁石)との組合わせにより得られるものであって、引用例の置換的な発想では得られない顕著なものである。

しかるに審決は、本考案により奏する効果も当業者が予測し得る範囲のものであって格別なものとは認められないとして、上記効果の顕著性を看過したものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の判断は正当であって、原告主張の違法はない。

2  反論

(1)  取消事由1について

引用例記載のものが、視覚障害者の注意喚起用(警告用)として用いられるものであることは当業者には明らかなことであるから、標識体である磁気材料と磁気センサを利用したスイッチ機構を入れ替えた場合には、磁気センサは注意を喚起したい(警告をしたい)箇所のみに設置すれば足りるものである。

したがって、相違点〈1〉の判断に誤りはない。

(2)  取消事由2について

引用例には、標識体は平面状でなければならないとは記載されていないから、点字ブロックを用いることが排除されるものではない。

そして、触覚と聴覚の両面より安全かつ適確に視覚障害者の歩行を誘導するため、磁気材料を埋め込んだ点字ブロックを道路面上に設けることは、乙第4号証4頁7行ないし20行にも記載されているとおり本出願前周知のことであるから、引用例記載のものにおいて、磁気材料を埋め込んだ標識体を点字ブロックで構成すれば視覚障害者にとって利用し易いであろうことは当業者には明らかであるとした審決の判断に誤りはない。

(3)  取消事由3について

リードスイッチは磁気センサとして本出願前周知であるから、引用例に記載の磁気センサとしてリードスイッチを用いることは、当業者が設計上適宜なし得ることである。

(4)  取消事由4について

原告は、本考案1は、そもそも誘導帯そのものを検知するための装置ではなく、磁気材料と磁気センサを入れ替えることに意味がない旨主張するが、前記(1)で述べたとおり、この主張は失当である。

(5)  取消事由5について

本考案の構成により原告主張の効果が得られることは、当業者には明らかなことであって顕著なものとはいえない。

第4  証拠

証拠関係は、記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本考案1、2の要旨)、3(審決の理由の要点)、及び、審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項)、(3)(一致点及び相違点の認定)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

〈1〉  当事者間に争いのない引用例の記載事項によれば、磁気材料を道路に沿って敷設し、ここから発生する磁気を道路の表面側から磁気センサにより検知し作動するようにした視覚障害者のための誘導装置は、本考案の出願前に公知であると認められるから、磁気材料とこれを検知する磁気センサの設置箇所を入れ替え、磁気センサを道路に沿って敷設(埋め込み)し、道路の表面側を移動する磁気材料からの磁気を検知し作動するようにして視覚障害者を誘導しようとすることは、当業者であればきわめて容易に想到し得ることと認めるのが相当である。

〈2〉  原告は、引用例記載の視覚障害者誘導システムは、誘導路である磁性体を磁気センサにより検知した信号を視覚障害者に音や振動として伝え、誘導路に沿って歩行させ、その延長上で、その場所に合致した具体的内容を表示するシステムであるのに対し、本考案1では、誘導路である視覚障害者誘導用ブロック(凹凸)を触知するため、それに沿って歩行させ、その延長上で、その場所に合致した具体的内容を表示するシステムであって、誘導路を検知する機能は必要ではなく、「磁気センサを道路に沿って敷設(埋め込み)」するものではないことを理由として、相違点〈1〉についての判断の誤りを主張する。

乙第1号証{実願昭51-152537号(実開昭53-73167号)の願書に添付した明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム}、第2号証{実願昭57-15744号(実開昭58-117631号)の願書に添付した明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム}、第3号証(特開昭63-249559号公報)によれば、杖等の補助手段に組み込んだ磁気センサ(リードスイッチ)により、道路に埋め込まれた磁性体からの磁気を検知して作動させるシステムではあるが、これを曲がり角や交差点の手前等において音声回路を作動させ視覚障害者に注意を喚起させる(警告を発する)システムとして用いることが、本考案の出願前周知であったものと認められるから、引用例に接した当業者は、引用例記載のものも視覚障害者の注意を喚起させるためのものとして用いられるものであり、磁性体と磁気センサの設置箇所を入れ替える場合には、磁気センサは注意を喚起したい箇所のみに設置すれば足りるものであることはきわめて容易に想到し得ることと認められる。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

〈3〉  上記のとおりであって、相違点〈1〉についての審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

(2)  理消事由2について

〈1〉  引用例(甲第6号証)の「周知のように視覚障害者は歩行に際し困難を伴なうので・・・通路に沿って既設されたいわゆる点字ブロックを足で感じながら歩行するのが通常である。」(1頁左下欄下から4行ないし末行)との記載によれば、視覚障害者のために点字ブロックを敷設することは、本考案の出願前周知であると認められ、また、乙第4号証{実願昭51-169661号(実開昭53-87079号)の願書に添付した明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム}の4頁7行ないし20行の記載によれば、触覚と聴覚の両面より、安全かつ適確に視覚障害者の歩行を誘導するため、磁気材料を埋め込んだ点字状又は凹凸状の触覚誘導物を道路上に設けることが、本考案の出願前周知であると認められる。

これらの事実によれば、磁気材料を道路側に敷設する際には点字ブロックに埋め込む方が視覚障害者にとって利用し易いであろうことは、当業者にとって容易に予測し得ることであると認められる。

〈2〉  原告は、引用例記載のものは、平面状に磁性のある酸化鉄を使って道路に誘導路を作り、平面状での誘導路を検知する装置であるから、引用例記載のものにおいて、点字ブロックに磁気材料を埋め込むことは、視覚障害者にとって利用し易いことにはならない旨主張するが、審決が引用例に従来技術が記載されているとして引用した部分には、磁気材料の敷設箇所について「磁気材料を標識体として道路に沿って予じめ敷設しておき」(1頁右下欄5行、6行)と記載されているだけであって、敷設箇所が平面状でなければならない旨の記載はなく、点字ブロックの使用が排除されているとまでは認め難いから、上記主張は採用できない。

〈3〉  上記のとおりであって、相違点〈2〉についての審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3について

〈1〉  乙第5号証(「電子通信ハンドブック」株式会社オーム社 昭和54年3月30日発行)によれば、磁気センサとしてリードスイッチを用いることは、本考案の出願前周知の事項であると認められるから、磁気センサとしてリードスイッチを用いることはきわめて容易に想到し得ることと認められる。

〈2〉  原告は、本考案1は、リードスイッチと点字ブロックとを組み合わせた点に重点がある旨主張するが、本願明細書(甲第3号証)を精査しても、両者の組み合わせにより格別の効果が得られるものとも認められず、上記主張は採用できない。

〈3〉  上記のとおりであって、相違点〈3〉についての審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。

(4)  取消事由4について

〈1〉  引用例には、磁気センサを靴や杖に組み込むことが記載されており(このことは、当事者間に争いがない。)、前記(1)〈1〉で説示したとおり、磁気材料とこれを検知する磁気センサの設置箇所を入れ替えることは当業者であればきわめて容易に想到し得ることであるから、履物の裏または杖の先に磁気センサに代えて磁気材料を埋め込むことは、当業者においてきわめて容易に想到し得ることと認めるのが相当である。

〈2〉  原告は、本考案1は、そもそも誘導帯そのものを検知するための装置ではなく、磁気材料と磁気センサを入れ替えることに意味がないから、本考案2は適宜想到し得るものとした判断も誤りである旨主張するが、上記主張が理由のないことは、前記(1)に説示したところから明らかである。

〈3〉  上記のとおりであって、本考案2の構成は必要に応じて適宜想到し得ることであるとした審決の判断に誤りはなく、取消事由4は理由がない。

(5)  取消事由5について

原告は、本考案では、利用時のみ作動するようにしており、また、磁性標識体は軽量小型にして、杖や履物への埋め込みを可能にし、杖や履物へは電池やバイブレーターの組込みを必要としないものとしているのであって、これらの効果は、引用例の置換的な発想では得られない顕著なものである旨主張するが、本考案のような構成にすれば、上記の効果を奏することは当業者には明らかなことであり、上記構成を採用すること自体、叙上説示のとおりきわめて容易に想到し得ることであるから、上記効果が格別顕著なものということはできない。

したがって、本考案により奏する効果も当業者が予測し得る範囲のものであって格別のものとは認められないとした審決の判断に誤りはなく、取消事由5は理由がない。

3  以上のとおりであって、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決に取り消すべき違法はない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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